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無幸処(悪趣)の門を閉じる法 

 


ဗုဒၶသာသနာေတာ္သည္ သန္႔  ရွင္းပါမွ

တည္
  တံ့ျပီး
တည္တံ့ျပီးမွ သာလ်ွင္

ျပန႔္  ပြား  ႏိုင္မည္။

無幸処(悪趣)の門を閉じる法

2. 悪趣に落ちる様子

悪趣に落ちる様子を、初級の仏教徒全てが知る必要が有ります。ここで善、不善を知る必要があります。現在、全ての人は日常生活において善心が生じたり、そうでなければ不善心が生じています。善を行わない人は不善を行うのは確実です。善心、不善心が生じないならば有分心が生じるでしょう。それは主に熟睡しているときの心です。
この様に悪行(duccarita)、善行 (sucarita)を全ての人が理解すべきです。du 悪い、罪がある四悪趣に落とさせるという意味があります。Caritaとは行為です。 悪行(duccarita)とは悪い四悪趣に落とさせる、罪を生じさせる行為です。善行 (sucarita)とは悪行の反対です。尊く良い行為です。
十悪行は三つに分けられます。身悪行 (三つ)、口悪行(四つ)、心悪行(三つ)です。
始めの身悪行は殺生、盗み、邪淫、二番目の口悪行は妄語、離間語(二人の仲を裂くような言葉)、麁悪語(粗悪しい言葉)、綺語(くだらない言葉)、三番目は貪(abhijjhæ)、瞋恚 (byæpæda)、邪見 (micchædi¥¥hi)です。
貪(abhijjhæ)は人の物を不法に欲しがる心、瞋恚 (byæpæda)は人を虐め殺したい心、邪見 (micchædi¥¥hi)は間違った見解です。心悪行の中で最悪なのは邪見 (micchædi¥¥hi)です。邪見 (micchædi¥¥hi)によって上記の九つの悪行を犯します。

邪見 (micchædi¥¥hi)の恐ろしさを釈尊が説かれるには頭髪が燃えていても、胸に槍が刺さっていても、それを少しおいておいて邪見を真っ先に取り除くように実践するように勧めています。頭髪が燃えて、胸に槍が刺さって死んだとしても今生だけ死にますが、邪見によってならば、輪廻の中で老いが尽きることなく、死が尽きることないと説かれました。
悪行は基礎として十あり詳しくは四十あります。それは四つに分けられます。一番目は自分自身で犯す。二番目が他の人の命令で犯す。三番目は他の人を間接的に犯すように勧める。四番目は他の人が犯しているのを心から喜ぶことです。
悪行が四十あるように反対にして十善行も四十に詳しく分けることが出来ます。十悪行、詳細四十を犯した人は
全て悪趣に落ちることになります
四悪趣の中に餓鬼、地獄、動物、阿修羅は四つの結果であり、四つの原因は貪欲によって餓鬼となり、瞋恚によって地獄に落ち、痴によって動物となり、慢によって阿修羅になります。その原因の法を行う間中は悪趣の危険から逃れることは出来ません。それらの原因の法を取り除くことは布施、持戒、止(サマタ)だけでは出来ません。その三種の善行を行っている間は業の結果を受け業道のみになります。
ヴィパッサナーの修行は智慧の道となりやればやっただけ進歩します。現在の仏教徒のほとんどは布施、持戒、サマタの実践を行っています。
しかし、ヴィパッサナーの実践はあまりなじみがありませんので、今日、ヴィパッサナーを重点にして説いています。地面からと三十三天まで届くようにお布施しても、戒律を好きなだけ守っても、サマタ瞑想で

神通力を得、地中に潜り、空を飛べるようになっても悪趣から逃れたと言うと間違いです。
その結果があるだけ結果を与えますが、悪趣からは完全に自由になることは出来ません。布施、持戒、サマタの三種は仏陀が現れる前から有る教外の教えです。別の宗教でも実践しています。実践できないのはヴィパッサナーだけです。布施、持戒、サマタは基礎でしかなく、学校に例えるなら、小学校、中学校、高校ぐらいです。大学まで達していません。学位を取るにはまだまだです。
この四つを基礎としてヴィパッサナー瞑想を実践して悪趣から自由になります。善業の結果が続く限り人、天、梵天の幸せを享受し、尽きてしまったら悪趣にまた落ちてしまいます。本当には悪趣の門が閉まっていません。
ヴィパッサナー瞑想の実践は結果を与える力が落ちず、やればやっただけ進歩します。例えば、布施、持戒、サマタはお金持ちと同じです。お金が尽きてしまえば貧乏になってしまう様に、布施、持戒、サマタの善業が尽きてしまうと悪趣に落ちてしまいます。ヴィパッサナー瞑想は身についた学問と同じです。どんなに使っても尽きることはありません。
ですから、ヴィパッサナー瞑想を実践しない限り悪趣に落ちる可能性があるのははっきりしているので、全ての衆生はヴィパッサナー瞑想をなるべく早く実践するようにお勧めいたします。

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